火傷の治療方法や口コミ情報の紹介をはじめ、受傷された方の交流を目的としたSNSの運営を行っています。

それまでは、普通の会社でも働いたことのある、ただの引きこもり病人でした。病人だったので病院には通っていましたが、病気のほうは全く改善する様子もありませんでした。引きこもってしまったのは、病気を理由に会社を辞めて、実家に帰ったからです。
病気になる前は、この人と結婚するかも、と言われていたような相手がいました。今思うと、きっとその人と結婚しなくて良かったんです。そこまではなんとなく人生歩けていたはずなんですけど、やはり精神疾患って怖いですね、希薄だったつながりはとりあえず最初に破壊しますから。

希薄でないつながりに依存せざるを得なくなり、その方たちにもずいぶんご迷惑をおかけして、わたしは病気の診断やそれに応じた投薬も模索の時期が続き、結果、そんなことに嫌気が差したある日に決断をしました。あまりその時のことは覚えていませんが、家族が慌て、救急搬送。

今まで通っていた病院は、夜間だったので無理、近所の大きな病院も症例的に無理、というわけで、片道1時間くらいかかるこの病院に搬送されたということは、少し後になって聞きました。形成外科の主治医が夜中に搬送されたわたしに聞いたそうです。

「生きたいか?」

わたしはその言葉にうなずいたそうです。記憶はありませんが、そう聞いています。
そして気管切開がされ、しばらく喋れなくなりました。記憶も完全にありません。

気がついたら、1か月後くらいで、場所もそれなりに遠いところだったとその時知りました。
それまでは病院にいるらしいけれど変な夢ばかり見ていたので、本当に病院にいたんだと認識するには時間はかかりませんでした。

当時はICUで絶対安静の状態でしたから、あまり負担になるようなことも周囲は言わなかった記憶があります。明るい話題も提供してくださる看護師さんもいました。両親はこの距離をほぼ毎日会いに来てくれて、ICUの僅かな面会時間だけそこにいて、会話らしきことをしました。会話といっても、はじめのころは気管切開をしていたので、50音表を指さしたり、というレベルでした。

ICUにいる間は、毎日の処置と、タイミングを見計らってくださっての手術が何度かあったようです。
覚えている手術と覚えていない手術があります。
時々、処置の時に入浴があって、処置含めて2時間程度とか。輸血もありました。血糖値を測られていた気がします。稀に精神科の先生がいらしたり。
使われた薬や、具体的な治療は、わたしではなく親への説明があったらしいですが、ICUでの治療は、言葉にするとこのくらいなのかもしれません。

ともかく、その当時のわたしにとっては、毎日が闘いのようでもありました。
悪夢と、息苦しさと、考える時間の多さ。
周囲はおそらくそれ以上に戦っていたのでしょうが・・・。

そもそも視力の悪いところに、目が閉じなかった時期があり、視界はあまりよくなかったのですが、朝から晩までテレビをつけて過ごしていました。民放のコマーシャルを見たくないという理由でNHKばかりです。あの時期なぜかコマーシャルが辛かったです。
にもかかわらず、記憶にある限りの最初の欲求というのは飲み物でした。飲めずに吐くこともありましたが、思う存分、冷えた甘酸っぱい飲み物を飲んでやるという意欲が出ました。氷をかじったり、氷水を飲んだり、冷たいものばかり欲していました。

食事も経鼻から切り替えつつある時期、包帯を着たわたしに向かって主治医が言いました。

「口から食えれば、回復は早いぞ」

その通り、口から食べることが出来るようになると、いろいろ食べられるようになりました。
茶碗蒸しのようなものからおかゆに変わり、ついにICUで冷やし中華食べたりナポリタン食べたり、食事はとにかく食が進むように気を配っていただいたと記憶しています。おそらく麺をすする機能の確認のために、言語聴覚士さんが持ってきてくれた、カップヌードルの味に感動して、全部食べる、とか。

理学療法もICUから始めました。
その時おそらく3か月近く寝ていたようなので、ピックアップウォーカーという器具を使って進んで戻るがやっとでしたが、とにかく立ち上がって歩けたことに驚きました。その頃には手術の甲斐あってまぶたも閉じるようになり、車いすに座ってICUを見渡すと、想像以上に明るいICUがそこにはありました。感覚的なものだったのかもしれませんが、とても暗い部屋だと認識していたのです。

一般病棟に移るまで、4ヶ月半かかりました。
最後の1か月くらいは、一般病棟の空き待ちだったようなのですが、それでも、出られました。
ICUもほとんど個室でしたが、一般病棟も個室でした。

そこで出会った看護師さん、看護助手さんとは、しばらく後再開する方もいるのですが・・・笑って言われました。

「二度と来るなよ」

しかし、すぐに一般病棟の部屋に来てくれて、ICUでの接遇を尋ねられ、また元気な姿を見せてねと言ってくださいました。
それを受けて、主治医がわたしを連れて、これだけ回復したぞというのをICUの方たちに見せる訪問も、退院前にはありました。
あれから、入院患者としてICUに行くようなことには、なっていません。