火傷の治療方法や口コミ情報の紹介をはじめ、受傷された方の交流を目的としたSNSの運営を行っています。

amplit

 

煮崩れた豆腐より状態の悪いメンタルのためイカレポンチのフルーツおポンチと呼ばれてもためいきしか出ず、任意入院した精神科で出会ったマリコへの恋も一緒に燃え尽きた、はつはるでした(あながちウソではない)。

 

えー、改めまして、おはこんばんにちは。
愛の火達磨~I know! he’s doll, mom!~の時間です。司会はわたくし、板東英二似のフジシロでお送りします。
ちなみに10数年間、本サイトとかメンヘルサイトとかに粘着してたあのバカとはもはや別人です……黒歴史はなァ、いっくら水で薄めたって真っ白にゃなンねぇンだよ!
……痛ッ! 痛いから! 石投げないで!

 

つまるところ精神疾患に基づく希死念慮によった、焼身自殺企図。
天ぷら系、湯船系と並んでも引け()を取らない、自殺系にカウントされるやつね。
ここ He’s Doll, mom! ではわたしは燃える男となり、その後どのように生き直したかを書くつもり、

なんだけど、

いまだに映画のファイアースタント観ると頭がざわざわして得体の知れない恐怖感があるし、生き直しってったって、ンなたいそうなことしてない。
とはいえもう元の姿に戻れなくてもいいや、と思えるまでにはなってきました。

(わたしの傷の程度が軽いこともありますが)受傷する前の自分の顔が思い出せないことや、
それでもいいとわきまえるほどに立ち直ることもできたことや、前の人生取り戻すより今の人生を優先したいとか、
などなど、状況も環境も変わったし心境も変わりました。

お待ちかね()の回想シーン。

「なーんか、全身の30%火傷したら死ぬんーん?」「もーここ病院よー、助けるに決まっとんやー」
とかいう話を詰所(ナースステーション)で準夜さんと話してました。

2003年の年明け間もない夜。とある単科精神科病院の中庭に立つ。

いまも追想がむずかしいんですが、発作的に死ぬことにしたみたい。

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上半身脱いで、ドナーカード(当時の法律では若すぎて無効だったけど)だけ安全な目立つ場所に置いて、ライターのオイルをシャバダバ~と浴びて、いざ点火!

ちゃっ

あ、オイル切れとる^^;

もういっかい☆彡

 

ちゃっ

 

「確か、○月○日のことでした。お正月にも家でゆっくりすることもできず、病院にいたのですが、消灯時間の9時をちょうど過ぎた頃だったでしょうか? 下の芝生の方で男の人の『ギャー!ギャー!』と叫ぶ声が聞こえました。。。

ですが、この病院内でのそういうことは日常茶飯事でしたのであまり気にしなかったのですが、その声は最後に『助けてー!!』と言う悲鳴になって、もう聞こえなくなりました。。。

と、同時くらいでしょうか? 今度は看護婦さん達の『大変!!』『救急車―!!』と言う声と、あわただしくバタバタと走る音。。。」
(ICU(集中治療室)へ千羽鶴を届けてくれた友人の手紙より 抜粋)

 

その時わたしはQQ車で「股間が! 股間が熱い!! 股間がァッ!!!」と叫んでたのです。
(この言葉が最後の言葉にならなくてほんとうによかった)

 

次回は「わたしを煉獄へ連れてって♪」でお送りします。じゃん、けん、ロン! いやポン! う、うふ……ふふふふ……。