火傷の治療方法や口コミ情報の紹介をはじめ、受傷された方の交流を目的としたSNSの運営を行っています。

傷は消毒するな!でおなじみの湿潤療法は、私が受傷した頃にはまったくきいた事がない療法でしたが、
今ではもうなんて言うかネットにあふれています。

私が火傷をしたのは2000年でしたので、このようなムーブメントはないどころか、
どこにも湿潤療法なんて言葉はなくて、というか火傷の情報自体がない、
というかインターネットが赤ちゃんでした。ということで、私は受傷した時期が悪かったのでした。

糸冬了

まあ、現実つれーわなんですけど、湿潤療法の情報自体はインターネットよりずっと昔からあったわけで、もっと知人友人を頼ればよかったのかもしれません。うざそー。。。

とにかく、自己責任論的に突き詰めると、私が治療の選択を誤った結果だと言えると思います。
あるいは女性であったりすれば、強い意志をもってきれいに治したいということを伝えることも自然で、
もう少し違った結果になった可能性はあります。

私がうけた2000年当時の治療を振り返ってみると、
ラップで覆うということはなかったんですけど、
傷はワセリンを大量に用いて、包帯を何重もぐるぐる巻きにして湿潤に保つ方針でしたし、
消毒は治癒を阻害するという事でできる限りしませんでした。

ここまでは湿潤療法と変わらないようなのですが、
一点だけ大きく違うのは、細菌感染を防ぐためとされる、ぐじゅぐじゅをこすりとる荒治療ですね。
あれは素人的には必要な事と思いましたが、最近いわれる湿潤療法では否定される行為です。
あれをしなくて感染して死亡してるのか、きれい皮膚になっているのかは確かめようもありませんが。。。

その2〜3週間後には、医者から傷が塞がるのに長期間かかる、あるいは塞がらないと診断され、
植皮手術を勧められました。勧められたというか絶対これしかないというニュアンスでしたが、
今思えば、患者として思考停止、言われるままに手術を受けてしまいました。

間違えたことまとめ
・ぐじゅぐじゅをこすりとらない治療法を選択肢として吟味しなかった(知らない)
・湿潤療法等の保存療法を長期間かけてゆっくり傷を塞ぐ選択肢を吟味しなかった(知らない)。
・植皮はいったん受けたらもう絶対にきれいな皮膚は望めなくなる不可逆行為であるという認識がなかった(知らない)。
・さらに悪い事に当初はこれできれいに治るという思い込みを持っていた(持たされていた)。

無知の罪orz

重ね重ね辛い現実ではありますが、やはり、当時湿潤療法という選択をしていれば違った結果が得られた可能性がありました。
しかし、臭いぐじゅぐじゅをそのままにする勇気は今判断を迫られても難しいですし、植皮という選択肢も必ずしも不利な選択ではなかったとも思います。
なぜなら、湿潤療法を選択したとして、全身どろどろ、死ぬぐらいかゆい状態で年単位過ごすことは、今考えても精神が持たなさそうですし、
植皮により運動能力等の機能的な障害もなく傷がわずか数週間で塞がり、大学院への早期復学できるなど、
早期社会復帰というメリットは享受できた訳で、まあ完敗ではないだろう程度です。なんかとある専門家には論破されそうですが。。。

まあ、間違っていたけど間違ってなかった!!

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