火傷の治療方法や口コミ情報の紹介をはじめ、受傷された方の交流を目的としたSNSの運営を行っています。

向い前のベッドには私と同じように火傷の治療をしているおっさんがいました。

植皮手術などはもう何回もしたということだったので、基本的には先輩として頼りにできましたが、一度会話してしまうと、話があれで延々終わらないという諸刃の剣でもありました。

たとえば、もと空手家で腕は相当で、かつ浜松のバイクメーカーのテストドライバーでもあるとか。
友達と飲んだ後家に帰り、ガスコンロに火をつけたらそれが体中に燃え広がってきて、水をかぶったら、それが熱湯になってあそこまで火傷してしまった、ガハハ!とか。
病院に担ぎ込まれたとき、指が解けていて、自分で引っ張ったら取れてしまい、あわてて看護婦さんが怒りながら元に戻したとか。。。
手術中に病院を抜け出して、横浜まで行ったとか。

ままま、まー。。

左隣のベッドには、肺炎かなにかで、いつも呼吸が苦しそうなおじいさんが臥せっていました。
タンが喉に引っかかっても自力で吐き出せないらしく、よく発作のような弱弱しい咳を繰り返していました。
あるとき、いままでにないような切羽詰った咳をすることがあったんですが、看護婦さんを呼ぶこともしないし、大丈夫かなと思っていたら、「こん、こん、こん、こ、こ、か~(サスッ)」って、それ死ぬときのやつ?

やばいと思い、私のほうで看護婦さんを呼びました。手術も終わった後で峠を越えていたところで初めてボタンを押したので、何事かとびっくりされてしまいましたが、隣を見てとやると、あら不思議看護婦さんと爺さんが普通に話してます。特になんでもなかったようです。死んだフリ爺さんもけっこう手ごわいです。。。